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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)56号 判決

原告

酸水素油脂工業株式会社

右訴訟代理人弁理士

宮地正一

同弁護士

村松隆一

アメリカ合衆国ミズーリ洲

被告

モンサント・ケミカル・コンパニー

右訴訟代理人弁理士

浅村成久

ほか九名

主文

一、昭和三二年審判第一六三号及び同年同第一六四号併合事件につき、特許庁が昭和三五年五月三一日にした審決を取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする

三、被告のため本判決に対する上告の附加期間を三ケ月と定める

事実

第一、双方の申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二、請求原因

原告は本訴の請求原因及び被告の主張に対する反論として、次の通り述べた。

一、原告は、昭和二五年一二月二七日出願にかかる登録第四四一、一九八号及び登録第四四一、一九九号の各商標の商標権者であつて、前者は別紙記載の本件商標の(一)に示すような「SANSO CIZER」の文字を、後者は同様別紙記載の本件商標の(二)に示すような「サンソサイザー」の文字を、いずれも横書にしてなるものであり、ともに旧類別(大正一〇年一二月一七日農商務省令第三六号第一五条所定)第一類無水樹脂可塑剤(粉状液状)を指定商品として昭和二九年二月二七日に相互に連合の商標として登録せられたものである。

被告は昭和二五年一二月一日出願にかかる登録第四二一、三二九号商標の商標権者であつて、右商標は別紙記載の引用商標に示すように「SANTICIZER」の文字を横書にしてなり、旧類別第一類醋酸セルローズ、セルロイド、合成樹脂等に関し、又織物の糊付けに当り使用する可塑剤又は軟化剤を包含する工業用薬品その他本類に属する商品を指定商品として、昭和二八年二月一九日に登録せられたものである。

二、被告は昭和三二年四月一五日特許庁に対し、原告を被請求人として前項記載の原告の有する商標権につき、それぞれ登録無効の審判(別紙(一)についてのものは昭和三二年審判第一六三号、(二)についてのものは同年同第一六四号)を請求したが、特許庁は右各事件を併合の上、昭和三五年五月三一日原告の各商標の登録を無効とする旨の審決をし、その審決書の謄本は同年七月七日に原告に送達された。

三、右審決の要旨は、

(1)  原告の有する登録商標と被告の登録商標とはともに造語であること、

(2)  前者からは「サンソサイザー」の後者からは「サンチサイザー」の名称呼を生ずること、

(3)  両者は六音中、中間の一音において「ソ」と「チ」の相違があるとはいえ、このような差異は特別観念のない造語におけるしかも中間音の微差にすぎないから、両者は全体として称呼上相紛れるおそれある類似の商標であること、

(4)  両者はその指定商品も相牴触すること、

(5)  結局、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号の規定に違反し、同法第一六条第一項第一号の規定によつて無効とすべきものであるというのである。<以下省略>

理由

一、原告主張の一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二、<証拠―省略>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告の本件登録商標は別紙(一)及び(二)に示す通りの登録第四四一、一九八号の方は「SANSOCIZER」の文字を横書してなり登録第四四一、一九九号の方は「サンソサイザー」の文字を横書してなるものであつて、いずれも昭和二五年一二月二七日に出願せられ、昭和二八年一〇月二二日に出願公告となり、旧類別第一類無水樹脂可塑剤(粉状、液状)を指定商品とし、昭和二九年二月二七日に相互に連合商標として登録せられたものであり、

(二)  被告の引用商標は別紙に示すように「SANTICIZER」の文字を横書してなり、昭和二五年一二月一日に出願せられ、昭和二七年一一月五日に出願公告となり、旧類別第一類醋酸セルローズ、硝酸セルローズ、セルロイド、合成樹脂等に関し、又織物の糊付けに当り使用する可塑剤又は軟化剤を包含する工業用薬品その他本類に属する商品を指定商品として、昭和二八年二月一九日に登録せられたものであるが、

(三)  特許庁は、被告からする右引用商標を引いての原告の本件両商標に対する無効審判請求に対し、右両者は、全体としての称呼上相紛れるおそれのある類似の商標と判断し、旧商標法第二条第一項第九号、第一六条第一項第一号を適用して、本件両商標を無効とすべきものと審決したものである。

三、そこで果して本件商標と引用商標とが類似なものであるか否かを判断するについての基準時期につき当事者間に争いがあるので、まずこの点から判断する。本件は、原告の本件商標が被告の引用登録商標の存在によつて、旧商標法第二条第一項第九号により、その登録を許されないものであるか否か、従つて、これが許されている本件のような場合、右規定に違反して許されたものとしてその登録を無効とすべきか否かが問題となつている事件である。そうして見れば、本件商標がその登録時、正確にいうならば登録査定のなされた当時において右規定に違反して登録すべきものとせられたものであるか否かが問題とせらるべきであるのは当然のことというべきであり、右規定に違反したものであるか否かの判断の基準時はこれを被告のいうように登録の時と解すべきである。原告はこの点について種々主張しているが、これらの主張は到底採用することはできない。

四  それでは右規定違反の判断の基準時を、右の通り、本件商標登録の当時である昭和二九年二月におくとして、果して本件商標と引用商標とを、審決の判断するように称呼上類似なものと見るべきであるか否か。

本件商標は前記の通り「SANSOCIZER」及び「サンソサイザー」であつて、ともに「サンソサイザー」の称呼を生ずるものと解すべきであり、引用商標は「SANTICIZER」であるから「サンチサイザー」の称呼を生じ、両者は六音中第三者のみが「ソ」と「チ」の差があるだけであるということは正に審決のいう通りであり、これを一般的にいえば、右程度の差異だけでは両者類似のものと見るというのが一応尤もな議論というべきであろう。

しかし、商標においてその類否を論ずるのは、その両商標が類似することによつて、商品の出所その他について取引者、需引者需要者等に誤認混同せられるおそれがあるか否かの観点に立つてこれをするを要するものと解すべきであり、この観点に立つ場合においては、その商標の構成及び指定商品の如何、またその取引者、需要者の如何等をも勘案して、果してその類似によつて、右のような誤認混同のおそがあるか否かを判断して、その類否を決すべきものと考えられる。

今右観点に立つて、本件両商標の類否を検討してみるのに、

(一)  まず本件では、その有効無効を論ぜられているのは原告側の本件商標であり、その商標の指定商品は旧類別第一類に属する商品中の可塑剤だけであるから、被告の引用商標では、その指定商品は可塑剤以外のものもこれを包含しているが、本件において右両商標が類似するか否か、誤認混同のおそれがあるか否かを考えるに当つては、本件商標の指定商品である可塑剤だけを対象としてこれを論ずれば足るものである。

(二)  そしてまず原告は、「サイザー」は英語の「プラスチサイザー」の略語であり、従つて本件両商標の比較は、この「サイザー」の部分を除いた要部と認むべき前半部の「サンソ」及び「サンチ」の部分だけでこれをすべきものと主張する。

英語で可塑剤のことを「PLASTICIZER」(プラスチサイザー)と称することは成立に争いのない甲第三号証の一ないし五によりこれを認めるに足るところである(被告もこの点は別に争つていない)。しかし問題は、前記基準時、即ち本件商標の登録せられた昭和二九年二月当時において、我が国可塑剤の取引界においてこれを「サイザー」と略称していた事実があるかないかである。原告はこの点を立証すべく甲第一号証の一ないし二八(各証明書)を提出し、また同第四号証の四ないし一〇(各商標公報)を出し、なお証人の証言を援用する。しかし、右各証拠中甲第一号証及び各証人の証言によつては右の基準時において原告主張の事実の存したことは、到底これを認め得べくもない。そして却つて前記甲第四号各証の商標公報の記載によれば、右甲第四号証中には、「サイザー」を語尾に附した商標を指定商品を可塑剤だけに限定して昭和二五年中に出願しているものもないではないが(同号証の七及び八)、その余のものは昭和二四年中から昭和三三年に亘つて出願せられたもののいずれもが、その指定商品を可塑剤だけに限定せず、大体において旧類別第一類の化学品、薬剤及び医療補助品の全般をその対象として許可査定を受け出願公告をせられていることが認められるところであつて、右甲第四号証及び前示原告提出援用の各証拠から認められるところは、なるほど、「サイザー」の語は「プラスチサイザー」の略語として慣用せられる可能性はあり、後に至つて、その可能性が相当に現実化された事実はこれを認めるに足るとしても、原告の本件商標の登録当時において、これが既に現実化していたものであるとは到底これを認めることはできない。従つて本件各商標にあつては、後半の「サイザー」が可塑剤の略語として慣用せられているものであるから、これを除いた冒頭の三音である「サンソ」及び「サンチ」の部分のみによつてその類否を決すべきであるとする原告の主張は、これをそのまま採用することはできないところである。

(三)  しかし「プラスチサイザー」の語が単に「サイザー」と略称される可能性のあることは右に見た通りであつて、これは、わが国人が外来語、しかも相当長い綴り字を持つ外国語を使用する場合、その一部を採つて略語化して使用する習癖(例えば、アルバイトをバイトの略称する等がある)ことにも由来するものと考えられるが、殊にその略語化の部分が語呂のよい場合はその可能性は更に強いものというべきであり、従つて本件のような商標が、商品可塑剤について使用せられる場合にあつてはたとえ、その商標登録の時においてまだその略語化がせられていない場合であつても、その商標の称呼としては「サイザー」の語の語呂のよさも手伝い、後半の「サイザー」の部分は可塑剤の略語化されたものの如くに取扱い、その全体の称呼としては「サンソサイザー」「サンチサイザー」と称呼するにしてもその称呼の重点を、後半の「サイザー」の部分におかず、前半の「サンソ」及び「サンチ」の部分を重規して称呼するに至る可能性は多分にあるものと認めざるを得ない。

しかも、ここに最も注意を要することは、本件商標の指定商品が可塑剤である点であつて、この可塑剤は主として塩化ビニールの製品に柔らかさと弾性とを与えるために配合添加される材料であり、この場合は勿論、その他の用途に使用せられる場合も、その取引にたずさわる者は、その最も末端である需要者に至るまで、普通の商品とはその類を異にして、塩化ビニールの加工業者等、これら薬品について相当智識を有する専門人に限られることである。本件商標の指定商品である可塑剤は、これらの専門人が各その智識に基き、如何なる目的のために如何なる可塑剤が適当であるかを判断し、その判断の下にどの製造業者、どの商標の可塑剤が撰択せらるべきかを考慮の上、その採否を決するものであるから、その商標に対する注意も、一般商品に対する一般消費者のそれに比すれば、相当高度のものであることは容易にこれを諒し得るところであろう。

従つて、本件商標の「サンソサイザー」と引用商標の「サンチサイザー」とは、なるほど、その全体の称呼からいえば第三者たる「ソ」と「チ」の一音だけの相違にすぎないものではあるが、その取扱業者、需要者の特異性その他右記載の各事情ならびに本件商標の構成部分である「サンソ」が、本件商標の登録当時にあつても、可塑剤製造業者としては、わが国における主要のメーカーの一である原告会社(このことは、証人(省略)の証言によつて推認することができる。)の商号、酸水素油脂工業株式会社の表示を省略したものと解せられること等を総合して勘案すれば、簡易迅速を尊ぶ取引界においても、右需要者等の注意力をもつてすれば、右の一音だけによる相違によつても、本件商標と引用商標とは、その称呼上、これを誤認混同するおそれはないものと判断するのが相当である。

五、以上の通りであるから、本件原告の両商標と被告の引用商標とをもつて称呼類似のものと判断し、本件両商標を旧商標法第二条第一項第九号に違反して登録せらせたものとして、その無効を宜言した本件審決は不当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は相当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。(裁判長裁判官原増司 裁判官山下朝一 吉井参也)

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